
俺の頭の中を、奇怪な風景が駆け抜けていく。
ここはどこだ......俺はなぜここにいるんだ。
何も思い出せない。
思い出そうとしても、俺の記憶が拒絶する......
俺には、何かやる事があった......はずだ。
絶対にやらなければいけない『何か』が。
朦朧とする意識の中、
ふと誰かの声が聞こえたような気がした。
『貴方は代償として、声や、感覚を失ってしまうわ......』
『本当にいいのね?』
この声......そうだ、俺は......
意思も、言葉も、希望も......すべてを失ったのだ。
この白い服の少女は......
胸を締め付ける痛みが、俺の空虚な記憶を揺さぶる。
この子は、俺の............駄目だ、思い出せない。
そもそも俺こそ......一体誰なんだ。

この手......足......身体......
俺はニンゲン......なのか?
いや、違う。
俺はニンゲンではなかった。
この身体は、俺が目的を果たして手に入れたもの......
俺は荒涼としたこの世界で、ニンゲンの夢を喰い、
ニンゲンになる事を望んでいた......
なのに、なぜこんなに心が苦しいのか......
念願のニンゲンになったのに............なぜ。
『貴方はもう一度夢を集め直す必要があります』
またあの『声』が俺の頭の中にこだまする。
どうしてニンゲンになった俺がまたそうする必要がある?
砕けた記憶の断片が、棘のように心に刺さっていく。
俺は、理由のわからない焦燥感に駆られていた。
白い服の少女......ニンゲンになった自分......
早く『何か』をしなければ、取り返しがつかなくなる。
それだけは、わかっていた。

ニンゲンになりたい。人ゲンになりたい。ニン間になりたい。
俺が生きる目的は、たった一つだったはずだ。
それが叶ったというのに、何の嬉しさもないどころか、
沸々と湧き上がる罪悪感のような感覚は一体......?
俺は、あてもなく闇の中を歩いている。
自らの顔がどうなっているかは知る由もない。
しかしこの華奢な体躯......ふわりとした髪......
絞めつける首輪と手枷......
俺は自分が誰なのか、確信した。
白い服の少女
あの子は一体誰なんだ?
俺はなぜあの子の姿に?
俺はあの子に何をした?
あの子は俺に何を......?
闇の中に、ピチャンと水の撥ねる音が響く。
『ねえ、カイブツさんが人間になったらね......』
『また、わたしとお友達になってくれるかな?』
......確かにあの子は......そう言っていた!
俺の中に散らばった記憶の断片が、繋がっていく

どれだけ眠っていたのだろうか。
俺は身体をぎこちなく起こし、無機質な石畳に立つ。
寝ている間、俺はあの子の夢を幾度となく繰り返し見ていた。
あの子と共に過ごした
俺のすべての記憶は
そして俺は再び、この『檻』に立っている。
あの子を早く元に戻さねば......
あの子から俺が奪ったものを早く返さねば......
『あらあら、ようやく起きたのね。』
謎の浮遊物体は、素知らぬ顔で俺に言った。
白々しい事この上ないが、今はこいつに頼る他に道はない。
俺は様々な物を失ったが......記憶だけは取り留めている。
あの子を助けるため、俺は今一度、『檻』を遡る。
そしてあの子を元の姿に戻したら、
まだ答えていない問いかけに、こう答えてやる。
俺がお前の友達になってやる